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世界一周の夢と仕事を、Waseiがつなげてくれました。

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伊佐知美

Isa Tomomi

灯台もと暮らし編集長 / フォトグラファー

1986年新潟県生まれ。横浜市立大学卒。三井住友VISAカード、講談社勤務を経てWaseiに入社。どうしても書き仕事がしたくて、1本500円の兼業ライターからキャリアを開始。2016年〜2017年は世界一周しながらのリモートワークに挑戦。これまで国内47都道府県・海外40カ国100都市ほどを旅しました。とにかく旅と文章とカメラと恋がすき。時折ポエムを書きます。

U-29

NHK Eテレ
毎週火曜 午後11時
2015年10月5日 出演

編集長、サロンオーナー、ライター。複数の軸を持って生きていく

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「灯台もと暮らし」編集長の伊佐さん。Waseiの社員としては、他にどんな仕事をされているんですか? じつは全体像が掴みきれていないんです。

ふふ、そうですよね。私には大きく3つの軸があります。「灯台もと暮らし」編集長と、オンラインサロン「編集女子が”私らしく生きるため”のライティング作戦会議」のオーナー。あとは個人名義の連載や執筆活動です。最近だと、ことりっぷWEBの連載「伊佐知美の世界一周さんぽ」や、2017年1月に出版した書籍『移住女子(新潮社)』などがこれに当たります。

この他に、イベント運営やモデレーター・ゲスト登壇、「渋谷ロフト × 雑誌『Discover Japan』」のトークイベント司会のように司会業や、富士通の「高知家学講座」など、法人向けライティング講師の仕事をすることもあります。

ただ、2016年から2017年にかけては、「世界一周×仕事」をテーマに、海外30カ国50都市以上を旅しながらのリモートワークスタイルの働き方に挑戦していたんです。そのため、必然的に日本国内のイベント関連の仕事が少なくなってしまって。でも、今後はもっとイベント関連の仕事に注力していきたいと考えています。発信はウェブ上だけでなく、リアルの場があってこそだと思うので。

「これからの暮らし」を考え続け、そして体現する自分でありたい

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そもそもなんですが、なぜ伊佐さんは、仕事をしながら旅を?

小さい頃からの夢だったんです。いつか書き仕事をしながら世界中を見て回りたいと思っていました。じつはWaseiに入社する前、世界一周へ行くか、Waseiに入るかで迷っていたんです。前職の出版社を辞めて、旅に出ようかと考えている時。ちょうど、そのタイミングで代表の鳥井から社員として、編集長にならないかと打診がありました。

もともと知り合いだったということでしょうか?

出版社時代に、兼業ライターとして活動していました。その時に、鳥井とは同じ編集部で一緒にコンテンツを作っていて。もっと言うと、立花実咲もタクロコマも、全員兼業ライター時代に同じ編集部で活動していた仲間。安易に響くかもしれませんが、私は単純に、彼らと一緒にもっと仕事がしたいと思っていました。

「何をするかではなく、誰とするか」。鳥井がよく言う言葉ですが、一緒に未来を創れるなら、やってみたいと。そう思って出版社を辞め、立ち上げたのが「灯台もと暮らし」です。世界一周は無期限延期のつもりでした。でも、「灯台もと暮らし」を運営するうち、何かが心に引っかかっている自分に気が付いて……。

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具体的には?

「これからの暮らしを考える」とは、答えがまだ出ていない大きなテーマ。私たち編集部員は、世の中に対してそれを問いかけると共に、自分自身のこれからの暮らしも、考え続けながら運営しています。メディア運営を通して、取材対象者をはじめ、読者の方、同じ価値観を共有できる、素敵な人たちにたくさん出会いました。

真摯に人生に向き合う人と毎日のように触れ合ううち、私は編集長として、そしてひとりの女性として、「私も自分の人生と、本気で向き合わなければ」「向き合いたい」と考えるようになりました。その結果が、旅だったんです。できれば今後は、取材記事だけではなくて、個人noteで書いているようなエッセイの仕事もしたい。じつは、旅を通してエッセイや新しい執筆仕事をいただくこともできたんです。

もちろん、「灯台もと暮らし」の地域特集や企業特集、イベントや「移動する編集部」の試みなど、メディアをもっと大きくしていくことは大前提です。そのために、個人としての力も、もっと付けたいなという気持ちですね。

ずっとロールモデルがいないと悩んでいた。私自身が、いつか灯台のように道を照らす存在になれたら

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すべての仕事に共通しているのですが、結局私がやりたいことは、「自分らしく、好きに生きてみてほしい」と伝えること。私はじつは、もともと金融業界の営業職に就いていたんです。毎日が苦しくても、そこから抜け出せない。いつか何かが変わるはず。そう思っても、変わらない毎日。でも、実体験として、一歩踏み出したら人生は大きく変わっていく可能性があると学びました。

ライターにならなくてもいい。メディアを運営しなくてもいい。すべての人に旅に出てほしいわけでもなくて、みんながそれぞれ、好きだと思うことを少しでも手がけて、満足できる人生を歩んでほしい。私にできることは本当に小さいし、今でも「何もできないなぁ」と悩むことも多いのですが。

でも、いつかWaseiという会社で自由に生きる私や、私の成果物、仲間を見て、「自分ももう少し、好きなことをして生きてみようか」と思ってもらえたら。いつまでも私は、等身大のプレイヤーでありたいんだと思います。さっきイベントやエッセイの仕事がしたいと述べましたが、じつは撮影能力ももっと上げたいし、心身ともに健康でありたいから、ヨガももっと学びたい。

旅も続けたいし、多拠点居住にも興味があります。今すでに国内の二拠点居住なので、今後は海外にも拠点が持てたらいいなと妄想中です。仕事も夢も、恋も。いつだって全力でいれたらいい。そして関わってくださる方々に、何かお返しができる自分でいたいですね。そんな自分勝手な私を支えてくれるメンバーや舞台のあるWaseiが、私は大好きです。もちろん、この仕事を通じて出会う人たちも、みんな。

心に
残っている
言葉

私にとってはモノ作りは生きる意味だから

日本全国、世界を巡って取材をする中で、たくさんの心に残る言葉を聞きました。単身チェコに飛び、舞台美術家・造形作家として活躍する女性からは、以下を。「忙しいですが、今は本当に毎日楽しく仕事ができています。仕事、と呼ぶのも違和感があるくらい。私にとってはモノ作りは生きる意味だから」。単身インドンシアに飛び、アジアンテキスタイルを使ったバッグを作る女性からは、以下を。「もし私が死んでも、この事業は誰かの手で継がれていくだろうなぁ、このウブドの地で。と思えることが幸せだと感じます」。毎日を精一杯生きたり、手がけていることが、自分がいなくなった未来でも生き続けるかもしれないと思えることの豊かさを、この仕事を通じて学びました。

忘れられない
本の一節

自分の未来と地域の未来を重ねて生きる

「灯台もと暮らし」の編集長として出版した書籍「移住女子」。ここで言う移住女子とは、新しい生き方を求めて、都心から地域へ移住した女性。一番惹かれたのは、彼女たちに「あなたはこれから何をしたいですか」と未来の話を聞くと、主語が「私は」から自然と「私たちは」へ変わっていくことでした。

移住女子

伊佐 知美

家賃が高い、通勤がしんどい、おまけに子育ても大変。 そんな都会から地方へ移住して未来を変えた、8人の「今」。 岩手、新潟、鳥取、福岡と場所は違えど、 そこには豊かな自然、ご近所さんとの絆、ゆったり流れる時間がある。 移住のきっかけ、働き方、恋の話……。 地域に寄り添い自分らしく生きる女性たちの素顔に迫る。

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