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立花 実咲

Tachibana Misaki

編集者

1991年静岡県出身の、生ものと手づくりのものが好きな編集者です。文章を書くことはもはや、ご飯を食べたり眠ったりすることと同じで、特技は簡易的な似顔絵を描くこと。いつか川が近い森の中で、老若男女が集う書道教室を開くのが夢です。

メンバーの中で、立花さんはふだんどういう業務をされているんですか?

いわゆる一般的な編集業務が多いです。基本的には編集部のメンバーが書いた原稿がすべて一度私のところに来て編集をしています。できたての原稿を見られる、おいしいポジションです。その後、編集長のである伊佐のチェックを経て先方確認に出し、赤字修正後、公開するまで持っていきます。編集業務意外には、小規模ながら、立花主催でイベントを企画・運営ことも2016年12月から始めています。

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編集者になりたいという気持ちは、昔からあったのでしょうか。

いえ、そういうわけではありません。日記をつけたりブログや物語を書いたりすることは、物心ついたときからやっていて「これで食べていけたら幸せだ」とはずっと思っていたんですが「編集者になりたい!」と思ったことはなかったんです。というのも、文章を書く仕事と言っても、その文章がインタビュー原稿なのか小説なのか、もしくは編集者という役割なのかはハッキリと分からなかったんです。

肩書き先行じゃなくて、いろいろ寄り集めて表現していたら、そう呼ばれるようになったっていう。

そうですね。インターンとかアルバイトで編集業務に携わることはありましたが「編集とは」とか「編集者の何たるか」を教えてくれた先生や師匠的存在が、わたしにはいません。ぜんぶ独学です。はじめは、編集者は徹底的に裏方で、媒体やライターを立てることが仕事かと思っていたのですが、ウェブ媒体での仕事を続けるうち、情報を発信して誰かに届けるまでが編集者の役割なのだと痛感しました。

だから新卒でWaseiに入社する時も「拾ってもらった」という感じで、気づいたら編集者という名前の職業に就いていたという感覚があります。

「ふつうって何だろう」というのが根底のテーマかもしれない

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書く場所は探せばいろいろある中でWaseiを選んだのはどういう理由ですか?

文章を書くことを仕事にしたいというぼんやりとした思いと並行して、日本文化を海外に発信したいという気持ちも大学生の頃から強くなっていきました。大学3年生に進級する一年は休学して、バックパッカーも経験しました。最初はトルコに入って、東欧を周りつつヨーロッパを旅して、次にモロッコからアフリカへ、そのあとまたヨーロッパに戻ってイスラエルに行き、最後はトルコから帰国しました。その時の旅のテーマというか、自分で決めたことの一つが「現地の人のふつうの暮らしを体験する」だったんです。正直、それまで海外に対して興味があったわけではなくて、世界史も赤点取るんじゃないかレベルだったんですけど(笑)、半年以上海外をふらふらと歩き、各国の人の家に泊まらせてもらって気づいたのは「わたしは日本のこと何も知らないんだな」ということと「世界はグラデーションでできている」ということでした。

どういう時にそう感じたんですか?

日本の歴史はもちろん、今の政治経済について「どう思っている?」と聞かれても、すごく抽象的なことしか言えなくて。しかもわたしは大学では日本文学を専攻していたのに、大した話もできずとても情けなくて悔しかったんです。

「世界はグラデーションでできている」というのは、国や文化は、何百年という時間をかけて影響し合って培われたものなんだなって感じたという意味です。世界史の教科書に出てくる年表には書くほどでもない、取るに足らない日常の暮らしが、じわじわと各国の生活文化を作っていったんだな、と。例えば、モロッコではフランス語が堪能な人が多く、フランスのテレビ番組を見ることができます。なぜかと言うと、昔フランスの植民地だったから。ドイツはトルコの移民をたくさん受け入れてきたから、首都のベルリンではトルコ生まれのケバブがあちこちで売られていたり、東欧圏は国は違うけど言語が似ていたり。チェコでは“こんにちは”は「ドブリーデン」と言うんですが近隣のポーランドは「ジンドブレ」と言うんです。クロアチアの有名な観光地は「ドブロヴニク」。ぜんぶ“ドブ”という音が入っていますよね。これに気づいた時は興奮しました。

「もとくら」(「灯台もと暮らし」の略称)を立ち上げた当初は分からなかったんですが、学生時代の一人旅の経験や、日本や世界の文化を学びたいという欲求の根底には、常に「“ふつう”って何だろう」という疑問があるなあと最近自覚したんです。没個性とか、“私らしく”という言葉が世の中には氾濫していますが、例えば海外では私たちがふつうだと思っている生活習慣がふつうではないことなんてザラで、逆もまた然り。国内ですら、各家庭で生活文化が違うこともいくらでもあります。本当は“ふつう”なんて、どこにもないんじゃないかって思ったのが、“ふつう”に疑問を持つようになったたきっかけです。

だから今を生きる人のリアルに触れられる「もとくら」を続けていれば、その問いかけの答えが見つかるのではないかと思っています。答えのない問いかもしれないけど、だからおもしろそうだなって。めんどくさいことが好きなんです(笑)。

なぜその地域で開催するのかが分かる、土着の文化と歴史に紐づいたアートフェスを作りたい

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これからやりたいことを教えてください。

演劇やダンスなどのパフォーミングアーツが好きなので、その世界に携わる仕事がしたいです。Waseiアートフェスをやりたい。

演劇とか、もともと好きだったんですか?

はい、ダンスは6年くらい習っていて、高校時代は演劇部でした。

アートフェスというのは、今いろんな地域で開催されているようなものですか?

はい。日本のどこかの地域でやりたいという気持ちは強いです。東京でもいいけど、やっぱり山や海や川のなかで作られた作品は、圧倒的に規模が違うと思います。ただ、なぜその地域でやるのかという理由がはっきりした、土地の文脈と結びついたパフォーマンスを企画したいんです。

まだぼんやりとしたイメージなのですが、民俗学にも興味があるので、その地域の歴史や土着の文化と紐づいたアートイベントができたらいいなって。例えばわたしの地元が静岡なので、霊峰富士の麓で何かできたらいいなとか。富士山にまつわる伝説や民話は本当に数え切れないくらいありますし、山への信仰をアートで表現できたら……そのためにはどんなアーティストを集めるのがいいかなとか、そんなことばっかり最近は考えています。

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でもそれは遠くない未来でできそうですね。

そうなんです、早く実現させたい。……あ、あと宇宙旅行に行きたい。今思いついた(笑)。

「これからの暮らしを考える宇宙旅行」。

火星移住特集とか、「もとくら」でできたら楽しいですね(笑)。宇宙旅行って、もう2500万円くらい払えば行けるみたいですし、夢物語ではない。SFが現実になっていく転換期って怖いこともあるけど、楽しいこともあるはずで……って、こういう突拍子もない雑談レベルの無駄なことについて、Waseiのミーティングではしょっちゅう話してます。わたしはWaseiだと無駄担当なんです。めんどくさいのが好きだから(笑)。

心に
残っている
言葉

演劇は、私たちは孤独だということを浮かび上がらせてくれると同時に、価値観の違うひとたちと生きていく知恵を与えてくれる

2016年の夏から始まった、個人の学びたいことをテーマに掲げた「ぼくらの学び」特集で、静岡県舞台芸術センターの芸術総監督である宮城聰さんに取材した際にうかがった一言です。わたしが演劇を好きな理由、そしていつかイベントを主催するか舞台作品をつくるという形で自分の想いを託したいと、ずっとずっと感じ続けていたその理由が分かり、すとんと腑に落ちた言葉でした。生きることに対して希望がわく、言葉です。

忘れられない
本の一節

ここで何をするかというと…… 実は何もしません 何もしないほうがいいんです ほんとうに何もしないと ほんとうにいろんなことが起こります

この本を読んだのは、9歳の時。背伸びしてエッセイなんて読んじゃって、でもこの本の末尾にあった、「小さな本の作り方」を見て、自分で物語を書くのに目覚めました。文章を書くことで気持ちを落ち着かせたり整理したりする、今のわたしの根っこをつくってくれた一冊です。

好きになる日

ふくだすぐる

あなたの「好き」はなんですか?いちばん大切なことに気づけば自分の夢をかなえることができます。やりたいことをやる人生がい・ち・ば・ん。自分らしく生きるこ…

「BOOK」データベースより

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